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蝙蝠山に吹く風は、

映画・ドラマ・アニメ・本の感想と福山市を中心にラーメン店巡り中

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HybridW-Zero3と帰宅難民の思い出

今週のお題

特別お題「おもいでのケータイ」

 

明日で2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震から丸6年が経過する。前の夜に東京大空襲のことをテレビでやっていたことを覚えている。

あの時の私は、今は亡きWillcomのHybridW-Zero3を使っていた。PHS回線と3G回線の両方を使用することができるPDAフォンだった。スマートフォンという言葉よりもPDAフォンという言葉のほうがあのケータイには似合っていると思う。

あの日私は、東京駅の地下で新幹線待ちをしていた。新幹線の通過のような地鳴りの音が遠くから響いてきた。東京駅だから新幹線の通過なんてないはずだと思った瞬間に揺れが始まっていた。地下にいたおかげか地上に居た人たちより揺れが少なかったことを後で知った。それもあって体感震度は4または5弱程度だった。そのため発生直後は大した地震だとは思っていなかった。

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この映像が夕方のニュースに流れる程度の地震だと思っていた。

地下なのでワンセグもすぐには見ることができなかった。それから時間が立つにつれどうも様子がおかしいことに気付いた。地下街の店もシャッターを下ろし始めたのだ。そして椅子を見つけて、HybridW-zero3で2ch地震板を覗きにいくとそこにはまるで映画を実況しているかのようなことが書いてあったことに衝撃をうけた。大津波によって街が流されているというのだ。

そこで初めて私はこの地震がとんでもないものであったということに気付いた。

それからSkypeで友達と連絡を取り合った。

回りの人が公衆電話を探しているのを見た記憶があるから携帯は通じなかったのだと思う。それを思えばSkypeは頼り強かった。そのSkypeもLINEに取って代わられてしまった。あの時にはTwitterもやっていたが、今ほどフォローしている人も多くはなくあまり役に立たなかったのかTwitterを見た記憶がない。(登録日を調べてみると2010年11月17日だった)

あの日あの時ほどHybridW-zero3を頼りに思ったことはなかった。

 

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