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蝙蝠山に吹く風は、

映画・ドラマ・アニメ・本の感想と福山市を中心にラーメン店巡り中

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本州四国連絡道への想いについて

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昨日、尾道から四国の今治まで架かっている愛称しまなみ海道を、やや久しぶりに四国まで渡ってきました。この橋には瀬戸内海大橋という忘れ去られた正式名称もあるそうです。
土曜日ということもあり、瀬戸内海を望むことのできるPAには多くの人が集まっていました。
綺麗な瀬戸内海も良いのですが、見張るべきはこの本州と四国をつなぐ橋そのものであろうと思います。
四輪車で通る時にはなんとも思わないのですが、二輪車で通ると橋の巨大さに圧倒されてしまいます。よくもまあ、こんな巨大な橋を小さな人間が作れたものだと感心するばかりです。その巨大な橋を見て、ふと、ある事故を思い出しました。
さて、このしまなみ海道から東へ約70km進んだ所には本州と四国を最初に繋いだ橋である瀬戸大橋が架かっています。この本州四国連絡道の整備には海難事故の発生が原動力になったといいます。
その事故の内でもっとも有名な海難事故には紫雲丸事故があります。この紫雲丸事故は千名以上が命を落とした洞爺丸事故の翌年に発生しました。この洞爺丸事故によってまるで夢のようであった青函トンネルが実現に向かって動き始めたそうです。
本州と四国と結ぶ航路で戦後に発生した事故には紫雲丸事故の他「第十東予丸沈没事故」「第五北川丸沈没事故」「せきれい丸沈没事故」があります。いずれも多くの人が命を落とした事故です。
その中で紫雲丸事故が特に印象に残っていた理由は、紫雲丸に修学旅行中の小学生が乗船していたことです。この話を聞いたのは、たしか小学生の時に担任の先生が話してくれた時のことだったと思います。
同じ小学生ということだけあって特に記憶に刻まれたのかもしれません。これからまだ未来があると思っていた小学生の時ですから、そんな未来が断ち切られるということに衝撃を受けたのです。
人が命を落とさなければ何事も前に進まないということに憤りを感じます。またこれらの事故は人災の要素が大きいものであったと聞きます。そのような事故は現在でも、いまだに発生しています。

2014年に発生した韓国のフェリーが転覆し沈没した事故が記憶に新しいと思います。

あの事故でも修学旅行生の命が失われました。
この巨大な橋も完成したから終わりというものではなく、維持管理をする人たちがいて安全に渡ることのできるものです。その働く人たちへの感謝の気持ちを忘れないように橋をこれからも利用していきたいです。